昔は酒屋が守られていた
かつての酒屋は「購入する」ための一つの手段
以前は酒屋に行かないとお酒が買えませんでした
ビールを買うにも、ワインを買うにも、日本酒を買うにも
街の酒屋さんに行かないと買えない時代があったのです
今となっては驚きですけどね(笑)
若い方にはピンとこないと思いますが、昔は「酒類小売業免許」という、距離や人口の基準で決められた免許を持たないとお酒を販売できなかったのです
距離の基準…免許を持つ酒屋と酒屋が○メートル離れていなきゃいけない
人口の基準…各市町村の人口に対し○件までしか許可されない
しかし、平成に入りこの「酒類小売業免許」が規制緩和
距離や人口の基準が撤廃され、コンビニやドラッグストアでお酒が買える時代がやってきます
だから昔は「町の酒屋」は守られていて、馴染みの酒屋さんでお酒を買うのが当たり前
それが今はどうでしょうか?
私たちのような「地酒専門店」「ワイン専門店」を除けば、スーパーやコンビニ、ドラッグストア、ホームセンターでもお酒を買うことができるようになりました
つまり「お酒を買うための手段」として存在していた酒屋が、全国どこでも買えるようになると、その存在意義を失って次々と廃業・倒産していったのです
中にはその免許を生かして、コンビニへと転身した酒屋もありましたが…
昔ながらの近所の酒屋さんが消えていったのはこういった背景がありました
酒屋と特約店制度
しかし、そんな時代の中でもごく一部の酒屋だけは生き残ることができました
私たちのような「専門店」と呼ばれる酒屋です
それは取り扱っているお酒が”特約店制度”と呼ばれる、独自の商習慣で守られていたからです
特約店制度とは…酒蔵が自社のお酒を販売する際に、酒屋に対して様々な条件を提示する
その代わりに「この地域ではあなたにしか販売を許可しませんよ」という制度です
それまでのお酒の流通は、多数の酒屋と取引のある問屋を通して行われるのが一般的
しかし時代とともに、日本酒が売れなくなると問屋は”安売り合戦”を始めます
酒屋に「一升瓶を10本買ってくれたら1本おまけ」
どんどんヒートアップしていくと最終的には「3本おまけ」とか、ありえない数字が飛び交います
当然、その安売りのしわ寄せは酒蔵に向き、問屋に対して安く納品を迫るようになります
売れない酒は安く買いたたかれる…酒蔵は経営が立ち行かなくなり廃業していきます
そんな酒業界の窮地に、新潟のある酒蔵が独自に取り組み始めたのが「特約店制度」だったのです
「安売りの酒ではなく、こだわりの酒を」
そう考えた酒蔵は、安く売るのではなくこだわりをもって酒を造り、その情熱や想いを自分たちの代わりに伝えてくれるパートナーを探していました
冷蔵設備の有無、酒の知識、ポリシーや信念、他の酒屋との関係性など…
つまり「自分たちのお酒を売ってもらうに相応しいかどうか」を取引の必須条件にしました
中には年間の取扱数量(一年で○○本以上売ること)が条件となることもありました
酒蔵はその条件を満たし、互いに信頼関係が築けた相手としか取引をしなかったので、消費者は特約店に行かないとそのお酒が買えなかったのです
だから私たち「専門店」にあるお酒は、スーパーやコンビニでは買うことができず、結果として「専門店としての酒屋」は守られたのです
酒屋はそういうお酒を扱うために、売れない時代から一生懸命その魅力を伝え、少しづつファンを増やし「信頼できる酒屋」としての地位を築いていきました
特約店制度の変容
長きにわたって酒屋を守ってきた「特約店制度」ですが、少しずつその意味合いが変わってきました
本来は酒蔵が「自分たちのこだわりや想いを理解し、代わりに消費者に伝えてもらう」ための制度でした
しかし、いつしか酒屋が自分たちの権威を誇るための「広告宣伝としての看板」の意味合いが強くなってきました
様々な酒蔵から特約店としてお酒を扱えば扱うほど、売上が増えていくので、どんな銘柄を扱っているかが酒屋の”優劣”を決める
どの酒屋もこぞって有名銘柄を扱えるように、酒蔵を訪ね歩き、いかにして希少な銘柄を取り扱うかに注力してしまうことになりました
しかし、日本酒はすでに消費が右肩下がり
生産者である各地の酒蔵たちも生き残るために必死です
生き残るすべは一つ
人気銘柄となって売れるようになるためには、有力な酒屋に扱ってもらうことが一番
とくに首都圏の有名な酒屋に扱ってもらえるようになると、雑誌にも掲載され、他の酒屋からの引き合いも増えるからです
だから「力のある酒屋のラインナップに加えてもらう」ことが一つのアドバンテージとしてとらえられていました
あの頃はそれが当たり前でしたし、私たちも銘柄集めに躍起になることもありました
しかし、今となっては「日本酒がエンドユーザーに見限られる要因」だったように思うのです
大きな勘違い
本来は「こだわりを伝え、ブランドの価値を高める」ための特約店制度
私たち酒屋は「酒蔵に代わり、そのお酒の魅力を伝える」のが使命です
しかし…残念ながら多くの酒屋が注力したのは「いかに特約店の看板を集めるか」でした
有名な銘柄であるというだけで、売れる時代
『dancyu』や『一個人』などの雑誌に載れば、あっという間に注目され、全国各地の酒屋からその酒蔵に問い合わせが入る
そういう話題の銘柄を持てば持つほど、酒屋は大きくなれた時代がありました
かつての流行は、雑誌によるメディア発信によって作られます
だから一部の日本酒マニアたちも、雑誌に載るような話題のお酒をこぞって追いかけ続けます
日本酒全体の消費は落ち込み続けるのは相変わらず
けれど「純米酒」「大吟醸」などの需要はドンドン高まり、確かにお酒が売れるのです
この時、私たち酒屋は気が付きませんでした
実は「大きな勘違い」をしていたのです
酒屋の見てる世界はとても狭かった
この時、日本酒が売れている現状に惑わされて、一番お酒の楽しみ方を広げなければならなかった層にアプローチできていませんでした
むしろ、もっと本気になって「0杯を1杯に」「裾野を広げる」ことを重要視すべきでした
自分たちが”お客様”と認識しているのが「すでに初心者ではない人たち」
つまり、その話題の銘柄を追いかけるファンたちは「日本酒の愛好家」
彼らの琴線に触れるような売り文句、製造方法や原料のアピール
酒蔵から送付される案内の、味のコメントをそのままコピー&ペースト
日本酒ファンには響いても、ライトユーザーには無関係
ベテランの飲み手には価値あることでも、初心者には無価値
そんな単純なことにも気が付かず、一部のニッチなユーザーにしか届いていなかったのです
そして飲酒人口の高齢化がボディブローのように効き始めます
愛好家たちも年を取れば、だんだんとアルコールから離れざるを得なくなる
つまり飲酒量が減るため、酒は今までのように売れなくなってきます
そして時代もいつの間にか逆風が吹き荒れます
メディアが発信するトレンドになびかない年齢層の若者が飲酒適齢期に突入します
しかも、お酒以外の楽しみ方を一番よく知っている年齢層
彼らは妄信的ではなく「自分にとって有益かどうか」で判断するといわれています
つまり、自分たちが必要ないと感じたものには、まったく興味のない世代
彼らにとって「酔うためのアルコール」は不要
だから”次世代の飲み手”に育ってもらうためのハードルは非常に高いのです
先ほど話した愛好家はヘビーユーザー
彼らの消費量を補うためには、ライトユーザーは何人も必要となります
これだけじゃありません
新たなユーザーが育つための土壌が全くと言っていいほど出来上がっていないのです
今日はここまで…
(次回へ続く)