土井商店のこと

酒屋が目指す日本酒の未来~後編~

酒屋の問題

これだけ「日本酒が飲まれていない」ことが10年近く叫ばれている中で、渦中の人たちは意外と無頓着だったりします

特に気になるのは、消費者と最も近い存在である酒屋の在り方

※この話は「酒屋のタブー」なのかもしれませんが…業界の未来を考えるには避けて通れないポイントです

酒蔵から送付されてくる商品案内文には、大体の場合、味の説明が書いてあります

その文章をコピー&ペーストして、ホームページやオンラインショップに掲載しているところは決して少なくありません

それは本当に「お客様に伝わっている」のでしょうか?

だって、その言葉は「造り手」から「売り手」に向けられたものであって、「飲み手」である消費者に向けたものではないはずですよね

酒蔵は私たち酒屋に味を理解してもらうため、その製法や原料について詳細を伝え、自分たちのコンセプトを表現しているにすぎないと思うのです

しかし、なぜか酒屋はその言葉を適切に変換することなく、そのままお客様へと伝えようとしてしまうのです

それが日本酒初心者に伝わるかといえば…伝わるわけがありません

他にもあります

よく耳にする原料や精米歩合、日本酒度、酵母、麹などお酒の製造にまつわる情報は、本当に消費者が求めていることなのでしょうか

例えば「兵庫県産特A地区」という酒米の名産地を表す表記

これを理解できる消費者はどれほどいるのでしょう?

私も「自分がすでに酒業界どっぷり染まった人間」であることを自覚する前は、当たり前のように使っていた用語

日本酒ファン歴が長い方なら、その価値がわかると思いますが…
今、酒業界が意識を向けなきゃいけないのは「0杯を1杯に」することです

先ほどお話しした”適切な変換”をするならば…

「食べるお米でいう”新潟県南魚沼産コシヒカリ”みたいなイメージ」とでも表現できましょうか

酒屋はもっと、自分たちがこの業界にどっぷりとハマっていて、消費者の皆さんのニーズをきちんと把握できていないことを自覚した方がいい…と思うのです

日本酒ファンの問題

さらに日本酒が飲まれなくなっていく原因には、ファンの存在も大きく影響しています

古参の日本酒ファンが、新たにファンになってくれたユーザーに優しくない

この問題は、どのジャンルにおいてもよくある話らしく、クラシック音楽や歌舞伎にも似たようなことがあるみたい(苦笑)

一般的な感覚なら、衰退していく業界に新しい「飲み手」が増えてくれることは喜ぶべきでしょう?

なのに「知識や経験での優位性の誇示」が激しい…

簡単に言えば「マウンティング」して敷居を上げてしまっているのです

何の気なしにやってしまっているのかもしれませんが、ビギナーに対して専門的な知識をあけっぴろげに披露すれば、誰だって引きますよね

皆さんも日本酒に限らず、そういう経験をどこかでしてきたはずです

例えば…

「ビートルズが好き」という人に対して
「○○ってアルバムの別撮りの□□ってのを知ってるかい?」

で、そのときに思うのです

「うわぁ、なんか難しそうだからやっぱりやめた」
「こっちは楽しみたいだけなのになぁ」

もっと残念なことが他にもあります

あるネットでのやり取りですが、ビギナーと思われる方が「○○(希少なお酒)はどこに行けば買えるのか」という発言をすると、

「自分で調べろ」

「それを手に入れるために、たくさん投資(お酒を買う)をしている人たちもいる」

「希少なお酒の情報なんて、自分たちが買えなくなるから教えない」

というやり取りを見かけました

正直、開いた口もふさがりません
自分たちが「美味しい」「欲しい」と思うものを、横取りされたくないんでしょうね

自分たちが「美味しい」と思えるお酒を、他のユーザーにも楽しめるように…という紳士的なファンはとても少なく感じられるのです

もちろんそうでない、素晴らしく紳士的な日本酒ファンもお見掛けします

それに熱狂的なファン、マニアの方がいてくれるからこそ、新たなトレンドが生まれたりするわけですから、むしろそういった方たちに買い支えてもらっているのも現状です

でも今の日本酒には、マニアだけが増えるだけではなく、もっとライトユーザーが増えていかないとダメなのです

このままなら、酒は廃れて当然

ただ変わらなかったのは酒蔵の「こだわって、自分たちが旨いと思うものを消費者に届けたい」という考えだけ

変わってしまったのは、酒蔵を取り巻く環境や人です

ここまで色々とお話してきましたが、「酒が廃れる理由」もよくわかってきたかと思います

こんなことばっかりやってたら、酒は廃れて当たり前です(笑)

しかしこれは、ビギナーたちが日本酒を飲み始めてすぐに出会ってしまう現実

せっかく「日本酒、美味しい」と思ってくれた初心者たちを、業界やファンの人たちが一生懸命踏み込ませないようにしてしまっているんですから

自分たちの首を真綿でじわじわと締め上げているのです

今こうして偉そうに語れる自分自身も、こんな初歩的な問題に全く気が付けていなかった時代もありました

だからこそ、私は「お客様に一番近い酒屋でありたい」と思ったのです

・専門的な知識を持ち、わかりやすく、簡潔に伝えられる酒屋

・様々な飲酒経験を持ち、幅広い飲み方を提案できる酒屋

・ビギナーにもプロにも、分け隔てなく美味しい酒を伝える酒屋

・初心者にとって馴染みやすく、一人の日本酒ファンに育ってもらえる酒屋

・プロにはプロの目線で、ビギナーにはビギナーの目線で酒を伝える酒屋

結局、日本酒が売れなくなっているのは酒屋に大きな原因があると思っています

言い換えれば、私たち酒屋の心がけ次第で、いかようにも日本酒業界は再興するとも言えます

日本酒と酒屋の未来

今の時代「モノを売る職業」ってだんだんいらなくなってきています

いまやAmazonですら日本酒が買える時代ですから!!

Amazonが台頭して「本屋」が無くなっていくのと同じで、「酒屋」ももういらない時代がすぐそこまで来てるかもしれません

悲しいことに…「本屋」も「酒屋」も、無くなったとしても誰も困らない職業です

困るのは自分たちだけ

だから、私たち酒屋は「右から左へと思考停止で酒を売る」ことから脱却して「新たなファンを想像し、酒のある豊かさを伝える」ことに注力しなきゃいけません

立場は変われど、私たち酒屋も、酒に惚れ、酒を愛するファンの一人

一人でも多くのファンたちと、いつまでも日本酒を楽しめるのが一番幸せなことだと思っています

それでは、皆様…今夜も美味しいお酒でお楽しみくださいませ

酒正 株式会社 土井商店
四代目 土井 優慶